世界農業遺産認定の立役者 宮本健真さん

今年5月、熊本県の「阿蘇」地域が、世界農業遺産(正式名称:世界重要農業遺産システム)に認定された。世界農業遺産とは、伝統的な農業と、農業によって育まれ維持されてきた土地利用、技術、文化風習、風景などの保全を目的に、世界的に重要な地域を国連食糧農業機関FAO)が認定するもの。熊本県の行政を動かし、「世界基準」認定への道を切り開いた立役者である、イタリア料理店のオーナーシェフ・宮本健真さんに話を伺った。

“世界基準”で道を拓く

――レストランのオーナーシェフでありながら、世界農業遺産に関心を持つようになった「原点」についてお聞かせ下さい。

  私は十一年前にイタリアから日本に帰ってきて、八年近くイタリアに住んでいました。イタリアという国は、もともと都市国家の集まりで、統一したのは日本の明治維新と同じぐらいの頃です。 だから、いまだにイタリアはそれぞれの町で育まれてきた歴史がまったく違うため、それぞれの地域性がとても豊かな国です。 そのため、イタリアには、その地域の伝統料理や伝統食材が色濃く残っています。

しかし、イタリアも先進国なので、流通も良くなり日本みたいにファーストフードが多くなったりして画一化も進んでいます。そのため、昔ながらのチーズをつくる職人やいい食材を提供してくれる農家が少なくなってきています。 

そこで、私がイタリア料理の修行をしたレストランの師匠、その方はイタリアでは巨匠のような存在ですが、その師匠にイタリアの食の現状について聞いたところ、「農家を守るのはレストランの役割だ」と話してくれました。 

いい食材を提供する農家が少なくなるということは、食材自体が少なくなってくるので価格が高くなっていきます。そして高くなると売れなくなるので、またさらに高くなるという悪循環を生み出し、食文化の崩壊へとつながっていきます。それを守れるのは、レストランがいい食材を使い、いい料理を提供していくことです。そのように、「レストランが文化を守る」ということが心に残っていました。 

 ――帰国後、日本の「食」や「農業」について感じたことや、実践したことをお教え下さい。

  日本では、地元の野菜屋さんに地元の野菜がほしいと頼んでも、店に置いていないことの方がほとんどです。私が最初に山鹿に戻ってきたとき、地元には田んぼも畑も牛舎もあるのに、地元の食材が置いていないということに疑問を持つようになりました。 流通が発達し、画一的になっているのは一見便利ではあるけれども、便利さと同時に自分たちの固有の文化を忘れていってはいないかと思うようになりました。 

七年前ぐらいに熊本市内にレストランを構えてからは、熊本県全土の食材を直接見に行きました。夏は朝日が昇るのが早いので、朝六時ぐらいには天草の農家を見に行き、十一時ぐらいにはレストランに戻るという生活をしていました。 

そういう生活をしている時に、ある青年が私を訪ねてきました。その人は卵をつくっていましたが、農薬を一切使わない「循環型農業」を実践していました。それまでの私は、「農家=食材をつくる人」としての見方しかなかったのですが、料理人の作り方で料理の味が違うように、農産物も農家の人たちの作り方によって味が違うということがわかったのです。それから、私は農業自体に関心を持ち、農業の勉強をするようになりました。

そうするといろんなことが見えてきて、「農家を支えないと熊本が元気にならない」という目線で熊本の農業を見つめるようになりました。熊本にもさまざまな形で質の高い農業を実践していたり、高い意識を持っている農家の方々がいて、しだいにそういう人たちと仲間になっていきました。

 ――世界農業遺産について知るきっかけや、その後の取り組みについて教えて下さい。

  二年ほど前の六月に初めて、石川県の能登と新潟県の佐渡が「世界農業遺産」になったというニュースをテレビで見ました。

私はその時はすでに農業の知識がある程度ありましたので、熊本や農業の糸口をどこに見出していけばいいかを悩んでいました。熊本でも頑張っている農家や農業の未来について真剣に考えたり悩んだりしている人たちがたくさんいるので、そういう人たちが元気になるようなことが何かできないのかと考えていたので、農業遺産の話を聞いてこれだと思いました。

それから半年間は世界農業遺産のことばかり勉強しました。すでに認定されている能登や佐渡の資料を取り寄せ、読み解いて行くといろんなことが見えてくるようになりました。そうして、私の中ではまず世界農業遺産に十年でなるという計画を立て、そこに向けて、私自身、県、市町村、大学、農家、メディアなどの役割を明確にした作戦ノートをつくりました。さらにそれを論文にし、熊日新聞が募集していた「熊本グランドデザイン論文」に応募したところ、「優秀賞」をいただき、その後は経済界からも多く反応が寄せられました。

また、認定に向けて大事な役割を担っている人が、国連大学の武内和彦先生であることもわかっていました。その後、武内先生と直接関係を築けるようになり、世界農業遺産のことを相談したところ、熊本県全体の認定を目指したいという私の意見に対し、「もっと地域を絞った方がいい」とアドバイスされ、最も熊本の農業を代表する地域として「阿蘇」を挙げました。その意見に対し、武内先生も賛同して下さり、阿蘇の世界農業遺産認定を目指していこうということになりました。

よく、「世界農業遺産」と、テレビなどでもよく目にする「世界遺産」を間違う人がいますが、世界遺産はユネスコ、世界農業遺産はFAOがやっているものです。わかりやすくいうと、World Cultural(Natural) Heritage、世界農業遺産は、Globally Important Agricultural Heritage Systemsです。ですから、この「System(システム)」が大事なのです。わかりやすくいうと、世界遺産は、額をはめると絵になってしまうような「保管」された遺産です。一方、世界農業遺産は、システムなので「営み」なのです。伝統とか先人の知恵とか、歴史とか景観とか地域の人々の営みが世界的なレベルにあるかということです。

一番わかりやすいのは、「富士山」と「阿蘇」です。富士山も世界遺産に内定していますが、富士山は保管された遺産です。富士山はそのふもとや山頂に人が住むのは難しいし、日本人の心の象徴になっています。一方、阿蘇はカルデラの中だけで五万人の人が暮らしています。目の前に火山があるところで、五万人もの人が住んでいるところは世界にありません。そのように、富士山は日本人の精神の象徴であり、阿蘇は日本人の「営み」の象徴であると言えます。

実際に、阿蘇への観光客らを魅了する、草原が広がるあの美しい景観は、阿蘇の農業の一部である「野焼き」によって維持されています。それをせずにそのまま放置しておくと「やぶ化」し、美しい景観も保たれなくなってしまうのです。

 ――認定に向け、困難な状況はありましたか?

  国連大学の武内先生や、熊本県内のいろんな立場の方々の協力があり、世界農業遺産に向けた勉強会を正式に立ち上げるということになり、そのことが七月十一日の熊日新聞の一面にも載りました。すると、その夜から阿蘇に大雨が降り始めたわけです。それが阿蘇などに大きな被害をもたらした「7.11九州北部豪雨」です。当然、勉強会もキャンセルになりました。

私もボランティアやチャリティーイベントを行い、何とか阿蘇の力になろうとしましたが、豪雨による阿蘇の状況があまりにも悲惨であったので、一時はもう(世界農業遺産への挑戦は)三年後ぐらいだろうかとあきらめかけました。また、九月にFAOからの視察が来たときも、野焼き以外の農業を見せることができず、阿蘇はかなり厳しい評価を受けました。そうしたときにも、農家の人たちの現場の声に逆に力をもらい、支えられてきました。

そうして正式に承認の発表を受けたときには、阿蘇の農家の方々や、蒲島知事をはじめ、プロジェクトの推進に協力して下さった多くの関係者らと喜びを分かち合いました。

 ――これから未来を担う学生や若者に一言メッセージをお願いします。

  「今の若者には夢がない」という話をよく聞きますが、振り返ると私にも夢と言えるものはありませんでした。ただ、料理のことを一生懸命やってきて、気がつけばこういうことをやるようになっていました。

やはり、一つのことに集中しないと、自分が何をやるべきかが見えてこないと思うのです。すべてを捨てて二年や三年でもいいので、一つのことにストイックに集中して没頭する時が、なるべく若い時期にあった方がいいでしょう。実際、私もイタリアに行き、無我夢中で料理だけをつくり続けていた時期がありました。

その時期に「技術」を磨いておけば、それが土台となり「自信」につながります。そして、それまでに自分の生きてきた生い立ちや性格などと結びつきながら、目指すべき「一つの方向性」が決まってくるようになると思うのです。

 ――どうもありがとうございました。

【財(たから)なキーワード】

私がイタリア料理の修行をしたレストランの師匠、その方はイタリアでは巨匠のような存在ですが、その師匠にイタリアの食の現状について聞いたところ、「農家を守るのはレストランの役割だ」と話してくれました。そのように、「レストランが文化を守る」ということが心に残っていました。

 

宮本さんがオーナーを務めるリストランテ・ミヤモト

 

・プロフィール
みやもと・けんしん】1975年、山鹿市生まれ。イタリアの料理店で修行後、山鹿を経て、2006年、熊本市内にリストランテ・ミヤモトを開店。オーナーシェフを務める。11年、農林水産省が行う、食と生産者をつなぐ料理人を顕彰する「料理マスターズ」に最年少で選出。熊本県産農産物の広報役である「くまもと友誘大使」や、九州の健やかなる食と農を育む会「アルチザンクラブ」会長を務める。

 

リストランテ・ミヤモトのホームページはこちら