一般財団法人「創造くまもと」理事長 木村仁さんにインタビュー

熊本は、観光資源が豊富と言われながらも、有効活用できていない状況を指摘され続けてきた。その大きな要因として、「交通手段」や「交通網」の不整備も挙げられる。すでに、新幹線が熊本に発着するようになって3年半以上が経つ。大動脈が整備されてきている今、熊本の“毛細血管”の役割を果たし、各器官の細胞にまで血を巡らせることのできる「熊本の公共交通」とはどのようなものか? 海外や日本全国の事例も見てきながら政策研究を行ってきた元参議院であり、現在、一般財団法人「創造くまもと」の理事長を務める木村仁氏に話を伺った。

「公共交通」の“再生”

――参議院議員としての活動後、熊本に残られた理由を教えてください。

私は、75歳で参議院議員を辞めました。これまでの参議院議員は引退すると熊本からいなくなる場合が多かったのですが、それではいけないと思い、熊本に残りました。そこで、私にはまだやりたいこともありましたので、一般財団法人「創造くまもと」をつくりました。

これまで私が熊本で取り組み、今後もやりたいことを一つだけ言えば「公共交通システムの再生」です。そして、その基本になるのが「バス」です。〝バス・ラピッド・トランシット〟(BRT)といいますが、「バス高速公共交通」のことです。バスに電車並みの権限を与えて、電車に変わる効果を与えようというものです。

バスというのは、専用道路をつくってもいいし、空いている道路があれば普通の道路を走ってもいいのです。バス専用道路の工事も簡単です。今のシステムを利用しながらできます。ただし、課題は「定時性」です。バスを時間通りに運航する必要があります。そのため、警察の協力を得て、バスの優先走行を確保する必要があります。

――現在の熊本の公共交通の改善点や、今後の方向性についての意見をお聞かせください。

私たちが研究を始めた時点で、JRの研究所では、十数キロであれば電車も電池で走ることができるという技術が開発されていました。熊本の市電の走行距離は11キロです。「非接触急速充電」というのもありますので、熊本市電も「架線」がいらなくなります。そのかわり立派な「電池」を積む必要があるのです。

そのように、今の技術でも10キロとか20キロという距離なら、架線なしで走る市電も実現可能なレベルまできています。今の電車も、架線をなくすと藤崎宮秋の例大祭でも背の高い鋒(ほこ)が建てられます。

最近、熊本空港の近くに本社がある「イズミ車体」が改造電気バスを公開しましたが、その走行距離は、60キロくらい。しかし、市内の路線バスであれば30キロ走れば充分です。そうすると少なくとも熊本市内の交通は排気ガスが出なくなります。

私たちは最初に、JR北海道で実用化を目指していた「DMV(デュアル・モード・ビーグル)」を推奨しました。これは、列車が走るための軌道にバスが乗り込んで走るシステムです。

熊本では、南阿蘇鉄道でDMVの実証実験に成功したことになっていますが、まだ「鉄橋」の上は走っていません。鉄橋は下から風が吹いてくるので、鉄橋をどういう形にするかという課題が残っています。ただ、DMVに関しては、地元の町村長も、何とか導入したいという思いを持っています。ですから、実際に導入するのであれば、「鉄橋を渡る前の地域まで」という制約をつける必要はないというのが私たちの主張です。

――熊本の資源を生かすための「熊本の公共交通」として、どのような提案がありますか?

私はこれまで三つの提案をしました。一つ目は「イオンモール・クレア(上益城郡嘉島町)から乗り換えて、熊本交通センターまで特急バスを走らせる」ことです。

熊本市で今年の春、独自の発想で実験しましたが、利用者が少なく実証実験にはなりませんでした。その理由は、熊本ではまだ「乗り換え」という概念がないからです。また、途中の経路に関しても警察の協力がありませんでした。そのため、(既存のバス路線を使って移動するのと)10分ほどの時間差しかつくることができませんでした。

二つ目は、「熊本電鉄」です。熊本電鉄はもともと菊池まで走っていましたが、当時の知事が「鉄道の時代は終わった。これから自動車と道路の時代だ」と言って、電車を半分で打ち切りました。しかし、鉄道側は、鉄道の権利を守りたいということで頑張っています。

私たちが提案しているのは、菊池や光の森など、熊本市の東側に位置する地域から熊本市内に向かって来るバスを、そのまま電鉄の鉄道の中に入れることです。バスは鉄道よりも幅が広いですから、路線の両側に走行路を設置してやれば走れるわけです。

そして、鉄道を守りたければ、上熊本で市電に繋げばいいと主張しています。そして、藤崎宮に来るバスは、そのまま道路に上がって、できれば「上通(かみとおり)」「下通(しもとおり)」「新市街」を通って、熊本交通センターに行くのです。ただし、これらの繁華街を走るときは、「人間よりも遅いスピード」で走ります。人口が増えてきている東部の「光の森」などの方面から、熊本市の中心部にあたる「上通」「下通」まで路線を通せば、中心部への集客にもつながります。

三つ目は、山鹿温泉鉄道を廃止して自転車ロードにしましたが、これを「バス専用道」にしたらどうかというのが提案です。この自転車ロードは30キロありますが、そのうちもともと「山鹿温泉鉄道」が走っていたのが20キロです。それからさらに10キロ延びています。これを全部バス専用道にするのです。

今、新幹線を降りて山鹿に行くのにバスを使用すると、約一時間半かかります。しかし、専用道路で行けば、おそらく40分くらいに短縮できるでしょう。山鹿には熊本の宝とも言える「八千代座」「さくら湯」「山鹿灯篭」などがあります。

歴史をさかのぼれば、鹿児島本線は、久留米から山鹿に入って、山鹿から熊本に来るはずでした。しかし、実際には玉名の方にまわったのです。だから山鹿の人にしてみれば、当時の郡役場は山鹿にあり、物資の集散地であり、交通の要所でもあったので、「やっぱり鉄道がほしい」といって鉄道をつくり始めました。

それがなぜ廃止になったのか? それは自分自身でバスを始めたからです。バスは、熊本市内まで走っていました。自社の中で、バスに電車が太刀打ちできなくなったのです。山鹿温泉鉄道は一時期、熊本まで乗り入れたことがあります。乗り入れたけれども、経営力がなくて、バスに車をつけて走っていました。もともとそういう歴史もあります。ですから面白いのです。夢のような提案ですが、実現したら山鹿の観光の歴史が様変わりします。

実際、バスが電車の路線を走ることができるように工事するにはお金がかかります。そして今後の環境のためにも、バスは「電気」で走らないといけません。今後の熊本の発展を考えれば、それらは必要な投資であると考えています。

――国政を担ってきた立場で、今後の夢などありましたら教えてください。

私の一つの夢は「いい政治家を育てること」です。いい政治家といっても、県会議員や国会議員ではなく、市町村の議会にいい議員がいなければいけないということです。そのために、創造くまもとでは「議員研修」を行っています。

最初、東京の先生に講義をお願いしましたが、最近は熊本の先生方に来ていただいています。熊本大、熊本県立大、熊本学園大、崇城大など、いい先生がおられます。今後は、市町村議会の議員が研究や議論を深める場を、もっと作っていきたいと思っています。

――どうもありがとうございました。

 【財(たから)なキーワード】
「これまで私が熊本で取り組み、今後もやりたいことを一つだけ言えば『公共交通システムの再生』です。そして、その基本になるのが『バス』です」

●プロフィール
1934年生まれ。熊本市出身。58年、東京大法学部卒業後、地方自治庁に入省。89年、消防庁長官に就任。98年、参議院熊本選挙区から出馬し初当選。2期目には、第一次安倍改造内閣や福田内閣で外務副大臣に就任。2010年、2期目を最後に政界引退。同年、一般財団法人「創造くまもと」を設立し、代表理事に就任。現在に至る。旭日重光章を授章。

「熊本の公共交通」をさらに支えることが期待されるバス
(写真は熊本交通センターのバスターミナル、中央区桜町)

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